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Well Wisher

 天気が良いので、遅めのランチは“Archie’s”集合。世界が眩しいので、サングラス必須。
私いち押しのべジタリアンラザニアを、誰も頼まない事がハガユイ。美味しいのにー・・・

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 2年も工事し続けた、NewMarketの入り口にある、公園・・・みたいな憩いの場?
最近やっと、完成お披露目。昔と何ら、変わりないですよね。何?芝?2年間、芝集めてたん?

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 トラが腹から出てきてからの、初Archie’sだった。コーヒーは、相変らず不味い。でも、頼んじゃう。

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 昨夜、旦那と“Departures”のDVDを観た。日本語タイトルは、“おくりびと”。
『あー、とっても山形だわー。』って、淡々と進むストーリーを追ってる私の隣、意表ついて旦那がハマッてたり。
え?こういうの、好きなん?『真(私の従兄)の居る町でしょ?』って、じっくりしっぽり自然と田舎クサイ人間模様と温かさを堪能し、1晩で2回連続上映してました。あー、でもねぇ・・・これ、庄内訛り。日本海側だわ。
ウチの親戚は、内陸です。素人目(耳)には、まだまだかな?・・・って、ウチの旦那、日本人ですらなかったわ。 
 見送りね、うん。死んだ人間をだけじゃなく、生きてる者同士のお別れ見送りにも、大分感傷的な時、あるよね。

 25歳、この世に生まれて四半世紀を過ぎた頃、私はAUSに1年程出かけた。猫も杓子、ワーホリです。
日本出発前夜、“行って来ます”を伝えたくてさ、当時住んでた仙台から、母がお手伝い程度に働いていた岩手のBarまで、雪の国道を2時間かけ、顔を見に行ったんだ。2月だからね、相当積もってたよ。
 Riseの真ん前に車を停め、店へ入り、マスターと母に旅立ちの挨拶をする。
『何?明日?本当に行くんだ。行ってらっしゃーい。楽しんでおいでね。』って母。軽いなー、おい。
そんなに店が忙しい訳でもナイのに(失礼)、カウンターから出るでもなく、普段顔で私を見送ってくれました。
 因みに私の大好きなお父様は、布団から出ても来やしなかったです。後ろ手に『バイバーイ。』って・・・

 2004年、AUSから帰国して2ヵ月後、今度はNZに行く事を決めた私を、出発の日の早朝、眠たそうにわざわざ玄関まで出てきて見送ってくれた母。2005年、2週間程一時帰国した最後の朝、仙台空港まで送ってくれて、携帯で友達にメールを打ちつつ、片手間に私を見送ってくれた母。2007年、3度目にNZに向かう日、新幹線のホームまで一緒に入ってくれて、発車寸前まで私を見送ってくれた母。此処でやっと、初めて見送りらしくなった感。

 そして2008年、夏に帰国して、秋にNZに戻るその日の前日、弟の婚約者ご家族と、お食事会をする云々で、母と私は一緒に東京へ向かう事に。駅のキヨスクで、お弁当とウィスキーを買った。酒、欠かせないです。
 母と2人で新幹線に乗ったのは、その時が初めてで、そして他愛無い会話から何故か、言い争いになった。

 『体の自由が利かなくなって、延命装置なんて事になったら、私はいっそ死なせて欲しい。“どんな姿でも良いから、生きてて欲しい”とかって、そんなの看取る方のエゴでしょう?お母さん、そんなの絶対嫌だ。』
何がきっかけで、そんな話になったのか覚えてない。私は母の発言に、断固同意出来なかったので反論した。
 『少しでも希みがあるのなら、家族の延命を希望するのが当然でしょ?』その言葉に母は更に反撃してきて・・・
結局お互いふくれっ面になり、その会話は尻切れた。あの日、何故そんなムキになったのかな。

 それが、母と思いっきり語り合った、最後の時間だった。今はもう、お話しが出来ません。
翌日、とてもスタイルの良い母の立ち去る姿が、私の見た最後の健康な母でした。今はもう、歩きません。

 2008年『年末年始は、旦那の親戚に挨拶する為、中国へ行くんだ』と、母に連絡した。
『なんか、亜衣子を嫁に出した時より、お母さん切ないんだけど・・・何でかしらね?』と、母は言った。
そして私が中国に入った3日後に、母はくも膜下出血で倒れ、私は急遽、日本に向かった。
 もしかして、私が中国に行かなかったら?なんて、言葉の意味を、悲観的に思い出した。

藤

 今日、金蛇水神社と竹駒神社に、母の体力が続くよう参拝して来た父から、藤の花の写真が届きました。
人間が、“生きていたい”と感じられる、自分の体の状態って?心の状態って? 皆 それぞれ 違うかな。
健康な時には気付けなくて、後悔する前に出来る事って、大事な人を、いつも全力で大切にし続けるしかない。
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No title

いつも会ってる人にも一期一会。どうでもいいやって、諦めずに常にベストの人間関係保つよう頑張りたい。たまに、がんばりすぎたりるけど。これは頑張ってもいいやんね。

なんでか、実はちょっと話題が重いからコメント控えようとか思ったん。でも、竹駒神社。僕の仙台への唯一の関わりが航空保安大、岩沼分校。昔開発した次世代航法システムの評価実験が岩沼であって。長期出張で岩沼に、休日には竹駒神社に何度も行った、飛行実験が無事にすみますようにって。決して大きい神社ではなかったけど、品のある清潔な庭園、ピンとしたいいところやった記憶があります。

金蛇水神社はちょっと遠かったけど、ビジネスホテルの人に勧められて一回だけバスで行った、藤の季節ではなかったけど、いいね、また行ってみたい。

No title

これがこの人と会う最後かもしれない・・・そう思って、いつも誰とでもにこやかに別れたいなあと思います。

今は体が自由でなくなってしまったお母様。
心はまだまだしっかり生きています。
いくらでもお話できます。
帰国した時、思いのたけをぶつけてきてください。

父から私への最期の言葉。
“離婚するなよ”でした。
なんかフクザツ(笑)
プロフィール

ico onishi

Author:ico onishi
自分を把握してません
基本 日替わりです
変ろうとも維持しようともしません

“長い目”で 生きれません
“近い将来”しか見えません

好きな事には貪欲です
縄張り意識 かなり強めです

褒められる事が大好きです
必要とされる事が大好きです

やりたい事を やりたい時に 
やりたいだけ やります

いつも誰かに 見守られています

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